桃源郷の人々

その1「若くして継いだ家族規模の桃園」

はねだ桃園 羽根田幸将さん

祖父の代から続く「はねだ桃園」を27歳の若さで営む羽根田幸将さん。子どものころから夏の繁忙期になると家族総出で収穫を行っていました。「日の出とともに祖父にたたき起こされ、兄弟4人で畑仕事をしてからラジオ体操へ。朝ご飯を食べたら宿題を持って直売所に行き、店番をしながら勉強。そんな夏休みでした」と懐かしみます。

山形大学教育学部地域教育文化学科で美術を専攻した羽根田さんは卒業後、山形市少年自然の家に勤務しながら教員を目指していました。ところが2014年秋、父の八千代さんが体調を崩して倒れ、桃園を継ぐことになりました。

2015年4月から1年間、父を看病しながら福島県農業総合センターの果樹研究所で果樹全般について学び、子どものころは携わることのなかった剪定(せんてい)や摘花、摘果の現場作業を一通り体験しました。その時、果樹研究所の木の形があまりにきれいなことに驚いたといいます。「データを基に、この形だと一番収量が上がって効率的で薬剤がかかりやすいと、全部理由があってそうなっていることに衝撃を受けました」

その後、桃園に戻って研究所で学んだ通りのことをやろうとしても、土地柄も関係し、理屈通りにはいかないことも分かりました。「祖父や父もそれなりに知識があってやっていたんでしょうけど、やはり果樹研のようにはうまくいかない。現場で経験を積んでいくしかないのかなと思います」

それでも、研究所で学んだことで病気など異常の兆候にすぐ気付き、対処できるようになりました。分からないことがあれば枝や果実を持って研究所へ聞きに行くことができ、共に学んだ20〜30代の同期の間で情報交換や相談ができるのも、これからの営農において心強いことです。

はねだ桃園の圃場は現在、「もう少しで東京ドーム1個分」という2.7ヘクタール。その半分以上は、改植事業として補助を受けて増やした新しい苗木です。現在、圃場で作業を行うのは羽根田さんと父・八千代さんの2人だけ。家族で賄っています。

収穫した桃は、早生品種を一部農協に卸しているほかは、全て直売所で売りさばいています。夏の1カ月半程度しか開けていませんが、祖父の代から続くお客さんを中心に、昨年も完売したそうです。

羽根田さんの家ではそば店も営んでいることから、かつお節のだしがらなどを肥料として使い、化学肥料を控えているのが「無理に探せば特長になるかな」と羽根田さん。肥料に大きく頼ることのない、祖父の代から続くスタイルで本当に地力があるのかを土壌分析で検証し、肥料を加えてpH数値を調整するなど科学的な要素も取り入れています。いたずらに低肥料を追い求めるのではなく、「成果を見ながら、肥料に頼るところは頼りながら」安定した営農を目指します。

その2 認証取得の苦労を通して得たもの につづく

  • その1「若くして継いだ家族規模の桃園」
  • その2「認証取得の苦労を通して得たもの」
  • その3「冷静な現状分析の先にある可能性」